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くも膜下出血は突然やってきた

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突然鳴った電話

手術から五日目の午前中。
病院から初めての電話がかかってきた。

番号を見て緊張が走る。

恐る恐る出ると
脳神経外科の一般病棟個室に移動したとの事。


あんなに頭痛がひどく、管がたくさん付いた状態なのに?
とても驚いた。
一般病棟になると面会時間が長くなるので、そこは嬉しいけれど脳血管攣縮時期と言われる二週間にはまだまだだった為不安もあった。


その日一般病棟に面会に行くと、ICUと変わらない状態のままの母がそこには居た。


ベッドの上で、少し足を動かすリハビリが始まり
食事も相変わらずペースト状だが種類が増えた。

食事の時間になると少しベッドを起こすのだが一口二口食べてすぐ頭痛がひどさを増し、またベッドを倒すという状態。
頭に入れている管で髄液を調節しているので、起き上がる時は管をクランプといって止めるベッドを倒す時は内耳に角度を合わせてまた管を解放するという作業があるので勝手にベッドを動かす事は禁止されている。
そのたび看護師に声をかける。

軽い会話ならできて居た母だが、ときたま会話がちぐはぐな時があった。
頭の手術の後だし、軽い会話はできているもののまだ意識はハッキリしていなかったようだ。
でも看護婦さんからの質問や何かを伝える事はできている。

今のところ麻痺は出ていないようだし、ただ回復を祈る。


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短い面会時間と不安な夜

ICUで集中治療が始まった。
ここに居る間の面会時間には制限があり、一回の面会の時間は15分~20分位まで。
近親者のみの入室が許可されている。

手術から一日目
酸素マスクが外れ、鼻から軽く酸素を送る程度のチューブに変わって居た。
手術から一晩たち右の目の部分と額の部分が物凄く腫れている。
声をかけると目を開ける母。
少しだが会話もできるが、頭が痛くて辛そうだ。吐き気もひどいようだ。
目を開けてもすぐ閉じてしまう。
祖母が硬膜下血腫で入院した時に、運ばれた次の日から声がけに返答があったけど三日後位に完全に起きるまでの間の記憶は本人にはなかった。
意識がもうろうとしたままだったんだろう。
母もそんな状態なのかなと思った。

そして二日目三日目と、15分程度の面会に通い軽く声がけをし家に帰り
落ち着かない日々を過ごした。
 脳血管攣縮による脳梗塞がいつ起こるかも分からない状態に、みんなピリピリしていた。
私の携帯が緊急連絡先になっていた為、電話が鳴るたび緊張が走る。

手術から四日目
母が看護師に、周りの音がうるさいと訴えたらしくICUの中の個室に移された。
集中治療室の中は24時間バタバタしているし他の患者の心電図のブザーの音など、確かにガチャガチャしている。
ひどい頭痛で苦しんでいる母には相当辛かったようだ。
右側の顔の腫れは徐々に引いては居たが、その分顔全体が腫れているのが良く分かるようになった。
 この日から食事が始まった。液体状にされたヨーグルトのような食事を看護師が食べさせているようだ。水とスポーツドリンクを飲むのは許可が出ていたので、買ってもっていった。
頭痛は変わらずひどく、四時間ごとの頭痛薬を飲んでも効かない。時折嘔吐もあった。

ずっと側に付いててあげたいけれど、それもできず少し会話をして体をさすり帰宅。


私が産まれてから一度も入院した事がなかった母。
父親とは二年前に死別しているから、家には私と弟だけ。
こんな時、父が生きていたら・・少しは心強かっただろうななんて何度も思った。


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手術が終わり、、

手術が終わり、ICUに通された。
頭から管を繋がれ、心電図やたくさんの点滴に囲まれた痛々しい母の姿があった。
全身麻酔が完全に切れていないため、もうろうとしているようだった

ママと呼びかけると静かに2回頷いた。

頭が痛いとうわ言のように言い
吐いてしまった。

医師によると、頭の中をいじったから仕方無いとの事。


そしてこう説明された、


手術は成功し、手術による後遺症が出ることも無い
でもくも膜下出血の術後4日~14日の間に脳血管攣縮(れんしゅく)という脳内で出血した血液がほかの血管に触れる事で、血管が細くなったりする症状が起こる。
大体の人が出る症状である。
起こるだけで目に見える症状が何も出ない人も居るが、母の場合すでに足に繋がっている血管が細くなっているのでひどくなると歩行障害が出たりまた他の血管がそうなれば麻痺が残ったりする。
ひどい場合は脳梗塞を起こし命に関わる。

それを予防するための治療をこれから行っていくとの事。
その治療の過程で頭痛がひどくなるとも言われた。


まだまだ油断はできない。
それでも、手術は成功し母は今生きている。
一番ツライのは母だからしっかりしなければと思った。


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長い長い時間

医師から手術は、8時間位かかるだろうと言われていた。
とてつもなく長い。

手術が始まる頃には弟も駆けつけ、祖母伯父私の4人でただただ祈り続けた。

こんな状況でもやらなければいけない事は色々あって
一度家に帰り洗濯物を取り込み、犬の散歩と十分なエサとお水を置いてまた病院に戻り
入院手続きやら、手術後ICUで必要な物を買いに行ったり、、


それでも充分すぎる時間。


静かな個室の中でひたすら待つ。


予定の8時間後(夜の7時)になっても鳴らない電話。
緊張と不安でどうにかなりそうだった。


ようやく電話が鳴ったのは夜9時を回った頃


「手術は成功しました。お母さん、意識もあるし大丈夫ですよ」


またしても涙。


でもここで安心できないのがくも膜下出血の怖い所だった。


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くも膜下出血

しばらくして先生に呼ばれ、


「くも膜下出血です。ここでは手術できないから○○総合病院に移送します」
立ったままそう話され、泣き崩れた。
何が何だか分からないまま、また救急車に乗り込み総合病院に運ばれた。

母親は意識は戻ったものの、頭を抱ええづいている。
 
 
 総合病院に到着して、次々と書類に署名をし
主治医から手術の説明を受けた。


造影検査で映し出された破裂動脈瘤の場所が分かる画像と
出血して真っ白になっているCT画像を見せられた。

11時15分から手術をするとの事。
出血した場所の血液が血糊の状態になっているため、出血の状況は落ち着いてはいるがこのままだと必ず再出血するから開頭クリッピング手術をすると話された。

目の神経、鼻の神経の近くだから手術中そこの神経に傷が付けば嗅覚を失ったり視力に障害が出たりする場合がある
一番怖いのは手術中の再破裂で、そうなると死に至る場合もある。

開頭手術に関する最悪の場合を一気に聞かされた。

リスクはあるけれど、でもやるしかない。

手術が終わり次第院内専用のPHSに電話をすると言われ、そのまま家族用待合室で長い時間待ち続けることになった。


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プロフィール

HN:
まる
性別:
女性
自己紹介:
2013年11月、突然倒れた母。
病名はくも膜下出血でした。
その時の状況、手術、入院生活
そして今現在の事を綴りたいと思います。

P R

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