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くも膜下出血は突然やってきた

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短い面会時間と不安な夜

ICUで集中治療が始まった。
ここに居る間の面会時間には制限があり、一回の面会の時間は15分~20分位まで。
近親者のみの入室が許可されている。

手術から一日目
酸素マスクが外れ、鼻から軽く酸素を送る程度のチューブに変わって居た。
手術から一晩たち右の目の部分と額の部分が物凄く腫れている。
声をかけると目を開ける母。
少しだが会話もできるが、頭が痛くて辛そうだ。吐き気もひどいようだ。
目を開けてもすぐ閉じてしまう。
祖母が硬膜下血腫で入院した時に、運ばれた次の日から声がけに返答があったけど三日後位に完全に起きるまでの間の記憶は本人にはなかった。
意識がもうろうとしたままだったんだろう。
母もそんな状態なのかなと思った。

そして二日目三日目と、15分程度の面会に通い軽く声がけをし家に帰り
落ち着かない日々を過ごした。
 脳血管攣縮による脳梗塞がいつ起こるかも分からない状態に、みんなピリピリしていた。
私の携帯が緊急連絡先になっていた為、電話が鳴るたび緊張が走る。

手術から四日目
母が看護師に、周りの音がうるさいと訴えたらしくICUの中の個室に移された。
集中治療室の中は24時間バタバタしているし他の患者の心電図のブザーの音など、確かにガチャガチャしている。
ひどい頭痛で苦しんでいる母には相当辛かったようだ。
右側の顔の腫れは徐々に引いては居たが、その分顔全体が腫れているのが良く分かるようになった。
 この日から食事が始まった。液体状にされたヨーグルトのような食事を看護師が食べさせているようだ。水とスポーツドリンクを飲むのは許可が出ていたので、買ってもっていった。
頭痛は変わらずひどく、四時間ごとの頭痛薬を飲んでも効かない。時折嘔吐もあった。

ずっと側に付いててあげたいけれど、それもできず少し会話をして体をさすり帰宅。


私が産まれてから一度も入院した事がなかった母。
父親とは二年前に死別しているから、家には私と弟だけ。
こんな時、父が生きていたら・・少しは心強かっただろうななんて何度も思った。


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突然鳴った電話 HOME 手術が終わり、、

プロフィール

HN:
まる
性別:
女性
自己紹介:
2013年11月、突然倒れた母。
病名はくも膜下出血でした。
その時の状況、手術、入院生活
そして今現在の事を綴りたいと思います。

P R

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